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「史上最高額面の通貨は1,000,000,000,000,000,000,000ペンゲー紙幣」

日本の金融政策を主導するのは日本銀行です。現在日銀が最も恐れているのは、インフレーションの発生です。
簡単に言えばインフレとは「物価が持続的に上昇すること」です。物価の上昇は人々の生活に多大な影響を与えます。たとえば、いまあなたが銀行に預けているお金。物価が上昇すれば、同じ額のお金で買える財(品物)の量は減少してしまいます。
ここから、インフレが起こればお金の価値が減少することがわかります。


インフレにより紙屑同然となった紙幣を暖炉の燃料にする女性

以上のことを念頭において、1946年にハンガリーで発生した史上最悪のインフレと、同時に発行された10垓ペンゲー紙幣の関係のお話をしたいと思います。

経済成長とインフレはトレード・オフの関係にあります。
超簡単に表せば、
経済成長→財が良く売れる→品薄感→物価上昇=インフレ→インフレ抑制=貨幣流通量抑制策→みんな手元にお金持ってない→財が売れない→経済成長鈍化
経済成長を促す政策をとればインフレが発生し、インフレを避ける政策をとれば経済成長は鈍化します。これがインフレと成長のトレード・オフの関係です。

経済成長とインフレが進行するスピードのバランスが取れていれば問題はありません。物価が持続的に上昇しても、それに見合うだけの紙幣の量と所得の拡大があれば、国民の生活は安定しています。

しかし、時にインフレは経済成長以外の外的要因により発生することがあります。例えば何らかの政策により急に通貨の発行額が増えたり、重要な財の価格が上昇したりした場合などです。代表的な例が第一次大戦後のドイツ、第二次大戦後のハンガリーです。


1946年のハンガリーでは第二次世界大戦による混乱が続き、通貨の発行量が急激に増大しました。物価の統制は完全に政府の手を離れ、暴走を続けます。その結果、物価は16年間で1垓3000京倍に上昇=貨幣価値は1垓3000京分の1になりました。

これがどれくらいスゴイことかというと、1991年に110円だった缶ジュースが、2007年現在で143垓円(1垓=1の後ろに0が20個)=日本の国家予算の1787万5千年分に上昇する割合に匹敵します。ジュース飲むのも一苦労です。
世界最大の投資ファンド・アブダビ投資庁の運用額100兆円ですら小さく見えます。
参照:世界最大の投資ファンド

紙幣の減価が急激に進行したため、それまで発行されていた紙幣は紙屑以下になりました。そこで上昇した価格に対応するため、新しい紙幣が発行されました。それが冒頭に出てきた10垓=1,000,000,000,000,000,000,000ペンゲー紙幣です。

史上最高額面の紙幣
10垓ペンゲー紙幣
しかし紙幣の減価が進んでいた当時では、この10垓ペンゲー紙幣ですら0.2アメリカドルの価値しかなかったそうです。

この紙幣は「史上最悪のインフレーションの際に発行された史上最高額面の紙幣」としてギネスブックに記録されています。ただし紙面上には10億兆ペンゲーと表記されています。
子ども単位ですね。「1億万円あげる!」みたいな。

ハンガリー政府はこのハイパーインフレを収束させるため、さらに新しい紙幣を発行しました。それが新通貨フォリントで、1フォリント=40兆京=40穣=4×1029=400,000,000,000,000,000,000,000,000,000ペンゲーで交換されました。こうしてペンゲーはまさに「持ってるだけ損」な紙幣としてその役目を終えました。

経済は生き物です。その手綱を握るのは日銀であり、政策を実行する政府を選出する国民です。50年後も安心して缶ジュースが買える日本であるよう、国民は経済政策を注意深く見極める必要があります。

↓ジュースは120円でいい、と思ったら↓
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関連項目:
>>経済学的思考 2
>>一枚9250円の5円玉
>>片面紙幣
>>経済学的思考
>>世界最大の投資ファンド
>>大きすぎて絶対に書き表せない数
>>世界最大の自走式機械
>>おもしろ法律 [1]
>>2007年度世界長者番付
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世界で一番有名なウサギといえばピーターラビットです。
1902年にイギリスで発刊されて以来世界中で愛読されています。このほど、その最古の翻訳版が日本で見つかりました。

ピーターラビットは原作者ビアトリクス・ポターが友人の息子に宛てた絵手紙に初めて登場します。1893年9月4日に書かれた手紙だったので、この日はピーターの誕生日とされています。

お母さんとピーター、その妹達

私はウサギが大好きなので、ウチにはピーターラビットのキッチンセットが一式あります。この絵は小皿のデザインでした。

1901年の私家版に続き、1902年にはシリーズ第一作「ピーターラビットのおはなし(ピーターうさぎ、ピーターうさぎのぼうけん)」が出版されました。
その後ピーターラビットシリーズは累計発行部数が全世界で1億5000万部を超える人気作品となり、さまざまな言語に翻訳されました。

これまで他の言語に翻訳されたのは1912年のオランダ語版が最初だといわれていました。しかし今年の4月になって、1906年に発行された「日本農業雑誌」にピーターラビットらしきウサギの話が出てくることがわかりました。

同誌には「耕地整理事業家に望む」という記事に混じって、約6ページの「悪戯な小兎」という「お伽小説」が掲載されていました。

お話は「むかしゝ或る所に...」で始まり、主人公の小兎「旋毛曲がりの我儘者」ペターが母親の言いつけを破って「杢平爺(もくべいじい)」(原作ではマクレガーさん)の畑に野菜を齧りに行く、というピーターラビットの第一作と全く同じ内容です。

ペターの兄弟達にも日本名がついています。「駆落ち者」エロプシー、「始終ふて口をして居る仏頂面」モプシー、「木綿の尻尾」コットンテールです。兄弟達の名前については、「いくら兎としても、斯(こん)な名前は冗談めいていて、眞実(ほんとう)の名のようには思へませぬから、(中略)、兎仲間の言葉の儘で読んで置くことに致しましょう」と、なぜか訳者の感想のようなものまで挟んであります。

さらに、原作と非常によく似た構図の挿絵まで登場します。
ピーターラビット


悪戯な小兎ペター


北京の石〇山遊園地を髣髴させます。
でもどっちとも可愛いので許します。

筆者は松川二郎とされていますが、ミス・ポターの名前は誌面に一切登場しません。翌月号にも四疋の小兎の話は掲載され、「後日譚」として原作「ベンジャミンバニーのおはなし」の内容がそのまま翻訳されています。

当時は著作権に対する意識が薄かったため、原作者には無断で邦訳・掲載されたとみられます。それでもオランダ語訳よりも6年ほど早かったことになり、日本の翻訳文学史からみても注目すべき発見なのだそうです。

現代語版の説明
「ピーターラビットはお母さん、そして3人の妹たちと、森のなかの大きなもみの木の下にある穴に住んでいます。 近くのマグレガーさんの畑に出かけてはしかられていますが、いとこのベンジャミン・バニーと一緒に、ついつい言いつけを破ってしまう、ちょっぴりいけない子です。」

明治時代の日本語訳
「勿論この四疋の小兎は兄弟で、『兎の森』ん中のすぐれて大きい樅の木の根元の穴の中に、阿母さん(おっかさん)と一緒に住んで居ました。兎の森は、その名の通りに兎の澤山住んで居る森で、至る所に小ざつぱりとした...」

おっかさん、いいですね。

本来は外国の作品なのですが、何故か古き良き日本の香りがします。


追記:ミス・ポターは飼っていたウサギに首輪をして散歩させていたそうです。ウサギを飼っている人の間では「うさんぽ」と呼ぶのですが、イギリスの湖水地方ならウサギたちも気持ちよく生活できていたのではないでしょうか。

↓ぺたーが可愛かったら↓
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関連項目:
>>猫のオスカーのある一日
>>リスとどんぐり
>>ゾウを冷蔵庫に入れる方法
>>ホンソメワケベラ
>>ペットのストレス測定
>>ペンギン将棋倒し
>>トゲアリトゲナシトゲトゲ
>>シャーロキアン
>>雀入大水為蛤
>>バター猫のパラドックス
>>ハムスター雑学
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