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解離性同一性障害(DID)という精神疾患があります。
その旧称・多重人格障害(MPD)という名前が示すとおり、1人の体の中に独立した性格、記憶、属性をもつ別個の人格が現れるという症状が特徴です。

ほとんど全ての人は、成長するにしたがって「自分の体は自分だけのものであり、他者とは別の存在である」という自己同一性を形成していきます。1つの体に宿るのは1つの人格とそれに伴った記憶であり、それはいつでも連続して人の中に存在し続けています。
参照:>>心の理論
    >>テセウスの船

しかし、この同一性が何らかの理由によって損なわれてしまうことがあります。
その原因となるのが人の持つ「解離」という能力です。

解離とは、周囲の出来事が自分の認識している範囲と異なる場合、無意識に自分の思考や感覚の一部を切り離してしまう現象です。
身近な例で言えば、
・空想に耽っている状態
・白昼夢
・何かに集中していて他の事に気が付かない
・高速道路を運転中、話をしながら車線を移動する能力
などがあります。

上には病的でない例を挙げましたが、解離とは「意識、記憶、同一性など本来は統合されている機能が分離している状態」を指します。
激しい心的外傷を受けた場合などでは、自分の心を守るために「この心的外傷は自分に起こったものではない」として記憶や感覚を解離してしまうことがあります。自我が過度な負担に耐えられないと判断した場合などです。
病的な解離の例としては、
・刺激に対して痛みを感じない(感覚の解離)
・周りの出来事が他人事のように感じる(離人感)
・行動した形跡があるのに記憶が無い(解離性健忘)
・知らないうちにまったく別の場所にいる(解離性遁走)

特に子どもの頃などに繰り返し強い心的外傷を受けた場合(例えば性的虐待など)においては、つらい経験をするたび「別の誰か」にその負担を転嫁して自我を守ろうとします。そうして少しずつ解離の度合いが進むと、いままで副次的なものでしかなかった「別の誰か」の比重が大きくなっていきます。自分を守るために切り離していた感覚が無視できないほど大きくなり、独自の記憶や意識を持つ独立した人格のような働きを持つようになった状態 ― それが解離性同一性障害です。

続きます
>>ジキル博士とハイド氏 2
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前回の記事
>>ジキル博士とハイド氏

連続した記憶や意識などの同一性が失われているため、解離性同一性障害の人は別の誰か=交代人格の時の記憶を一切持っていません。交代人格の間の経験は大きな記憶の欠落としてしか残らないので、本人が別の人格の存在に気付いていないことも多々あります。

多重人格という言葉を世の中に広めた小説「ジキル博士とハイド氏」でもそうでした。
Strange Case of Dr Jekyll and Mr Hyde

善良な医師・ジキル博士は薬を飲むことによって非常に残虐なハイド氏に変身してしまいます。
この作品では人格の交代が薬物によって引き起こされている上、外見も変化してしまいます(ジキル博士は二枚目、ハイド氏は凶悪な顔)。そのため厳密な意味での解離性同一性障害ではないと考えることもできますが、英語で「Jekyll and Hyde」というと多重人格を指すまでになりました。

ちなみに薬物による影響というのは、酒が入ると性格が変わるとかです。これは解離でもなんでもなく、アルコールによる心的抑制の減少です。

解離性同一性障害は非常に特徴的な症状を示すため、昔から多くの人の興味を引いてきました。しかしその分、多くの誤解なども残っているようです。

かつて「人は時と場合によって全く違う態度をとる。だから全ての人は多重人格をもっている」と言った学者がいました。しかし性格の多面性と解離性同一性生涯は全く別のものです。自己同一性が保たれている人の性格の裏表と、完全に独立した人格を複数持つ人の間には大きな隔たりがあるわけです。
「飲んだ夜の記憶がない」とかいう声が聞こえてきそうですが、それも単なるアルコールの作用です。同一性の欠損ではありません。

またアメリカにおいて多重人格の診断が急激に増えた後、世界中でも似たような報告が相次いだという経緯があります。そのため診断基準のあいまいさによる誤診や、あまりにも特徴的な症状のため解離性同一性障害を演じている人が多いのでは、という推測がなされていました。

古くには憑依現象などの心霊現象として捉えられていた過去も、解離性同一障害の異常性・非現実性を強調することになってしまっています。主人格と全く異なる交代人格が現れるのはまさに「悪魔が乗り移った、キツネが憑いた」状態に見えることがあります。そのためどこかオカルト的な、現実には存在しない架空の病気だという認識も一部で広まっていました。

それでもたしかに、解離性同一性障害で苦しんでいる人は存在します。

かつて私の一番身近なところに境界性人格障害(DIDと名前は似ていますが、別物です)を患っている人がいました。私の知る「普通の人」とは異なる精神活動・行動をみせるその人を身近に置いてもなお、私の目には信じられない出来事として映っていました。

物理学者・ニュートンはこのように述べています。
「天体の運動はいくらでも計算できるが、人の気持ちはとても計算できない」
人の心は目に見えません。
自分で理解することすら難しく、ましてやそれを他人が推し量ることなどはさらに困難を極めることでしょう。それでも人は自分の肉体と、そこに宿る精神を抱えて生きていかねばなりません。
誰がこんなシステムを作ったのかは知りませんが、たまには恨みの1つも言ってやりたくなります。

解離性同一性障害1つ取ってみても、人の心の複雑さに深く考えさせられます。


関連項目:
>>テセウスの船
>>共感覚
>>自己認識
>>心の理論
>>ラプラスの悪魔
>>猫のオスカーのある一日
>>ドッペルゲンガー
>>クロニック・デジャヴ
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