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前回の記事 >>控除率と射幸心

射幸心とは読んでそのまま、幸せを求める心です。
身近なところでは神社などで買うお守り、スポーツ選手のゲン担ぎなどが代表的です。私も水球の試合があるときは、必ず頭からプールに入ると決めています(泳げる人にはこれが一番普通の方法でもあるのですが)。しかしパチンコメーカーのCMと同じくらい「幸せの〇〇」グッズが氾濫している現状を見るにつけ、強すぎる射幸心が時に正常な判断力を奪うことがあるという認識が必要だと感じます。

競馬やバカラなど、ほとんど全ての賭け事はその過程を楽しむように出来ています。馬の走る力強く美しい姿、応援する興奮、カードをめくる際のしぼり(じらすようにゆっくりとめくる方法)、そしてもしかしたらお金がもらえるかもしれないという少しの期待。

正常な判断力を持っている人であれば、自分の好きなところに好きなようにベットし、結果が出るまでの期待と興奮の入り混じった気持ちを楽しむという方法でギャンブルと付き合うことが出来ます。ついてくるお金はオマケです。

しかしあまりにも射幸心が強いと、賭けの過程ではなく、返ってくるお金という結果のみを追い求めるようになってしまいます。ロトの数字を予想する機械だの、宝くじに当たるようになる黄金の招き猫だのに頼る状態を思い浮かべていただければわかりやすいかと思います。また、ひたすら高額配当だけを狙った賭け方を繰り返すのも判断力の欠けた状態だと言えるでしょう(所謂”大穴”の控除率は一番高く設定されています)。これらの症状はギャンブル依存症と呼ばれる状態です。WHOの指定するれっきとした病気であり、正式には「病的賭博」と呼びます(『疾病及び関連保健問題の国際統計分類』より)。

射幸心には幸せを求めるという以上にもうひとつ重要な側面があります。
それが「他人よりも幸せになりたい」という気持ちです。
自分は当たるかもしれない、自分にはお金が入ってくるかもしれないという過剰な期待は、大きな数の人間の中ではまったく無意味です。しかし自分自身は本人にとって特別な存在であるため、人は自分だけは幸運に恵まれるかもしれないと思っています。信じているといったほうが正確かもしれません。

バカラ
バカラ
他のプレーヤーに対する敵対心などから掛け金が高騰しやすいギャンブル。日本では違法。


現在のパチンコなどに代表されるギャンブルは、射幸心を刺激する傾向が強まっているといわれています。テレビでもタレントを起用して「熱い勝負」だの「博打から娯楽へ」だのとCMを垂れ流しているわけですが、そこには依存症になる危険性を知らせる警告を載せる決まりも、放送時間帯に関する規制もありません。病的賭博が周囲に害をもたらすものであるとの認識を持つのであれば、タバコなどと同じような規制があってもおかしくないのではないかと思います。

たしかにギャンブルはサービス産業の一種であり、健全に遊ぶ限り尊い経済活動のひとつです。ただし、現実に利益を生み出す実業とは対極にある虚業の、しかも最たるものです。
自らの射幸心と控除率などの客観的な情報を天秤にかけ、ストレス解消を目的としてほどほどに付き合うこと。これが最善の自衛策と言えるでしょう。運営側もそのサービス産業としての健全性を主張するのであれば、病的賭博の実態把握と経営内容の透明化が必要なのではないでしょうか。


追記:射幸心とは裏の関係に当たる心理もあると考えられます。例えば、自動車が危険な乗り物だということはほとんどの人が意識していないことです。なぜなら、実際に自分が冷たい鋼に肉を削られる体験をするまでは、人は「自分だけは大丈夫」という意識を持っているからです。不幸は他人が経験するものであり、自分には関係ないという根拠のない自信。不幸を幸福というものの存在に対して二義的な意味で捉えるのであれば、これもまた射幸心と呼べるものではないでしょうか。


関連項目:
>>プチプチをつぶす心理
>>A10神経
>>考える人
>>共感覚
>>ブロッケン現象
>>クロニック・デジャヴ
>>社会的怠業
>>インテリジェント・デザイン
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