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1.中心にある「+」を10秒見つめる
2.できるだけ眼を動かさず画像にマウスオン

しま模様の残効


2枚目の縞模様は両方とも同じ粗さです。
でも左の方が粗く、右の方が細かく見えたのではないでしょうか。


前回はに関する錯視の原理について書きました。
今回はものの認識方法についてです。


網膜に映る画像は2次元のため、外部の3次元世界を認識するために脳はさまざまな処理を行っています。ものの色情報に関しては脳自らが行う補正と、各波長の光に反応する錐体が重要な役割を果たしています。

それに対して「形」を認識するに当たっては、私たちの脳は網膜に映った2次元像を「しま模様」で捉えていることが知られています。

すべての2次元の画像は一定の「明暗のパターン(しましま)」に分解できることができます(2次元は線の集まりなので当然)。そして人間の脳には特定のしま模様に対して反応する神経細胞がたくさんあり、それらの反応の比率を計算して物の形を認識していると考えられています。
つまり、光→網膜像(2次元)→明暗パターンに分解(しましま)→視覚野の各神経細胞(特定のしましま専門)が認識、という作業が行われているのです。

このしま模様の密度のことを空間周波数と呼びます。
人間の視覚は、粗い模様と細かい模様のちょうど中間ぐらいの空間周波数に対して最も敏感に反応します。
この特性を利用したのがマリリン・モンローとアインシュタインが入れ替わる画像です。


MonroeEnstein_AudeOliva2007.jpg

・近くで見るとアインシュタイン
・徐々に離れていくと、マリリン・モンローが見える

MITのOliva教授らが作成した、視覚の空間周波特性を利用しただまし絵です。
アインシュタインの画像は空間周波数が高く設定されているため、近距離ではこっちがメインで認識されます。一方マリリンの画像は空間周波数を低く(明暗パターンの間隔を広く)してあるため、近くでは見えにくくなっています。そして一定の距離をとるとしま模様の間隔が適切になり、こちらがメインで認識されるようになるのです(逆にアインシュタインの方は密度が高くなりすぎて見えづらくなる)。

最初に挙げた「しま模様の残効」のだまし絵も同じ仕組みです。脳がそれぞれ粗い・細かい空間周波数に慣れた(順応した)ところで同じ密度のしま模様を見せると、脳の神経細胞の感度が鈍感になっているため、その逆の効果が現れるのです。


前回取り上げた白黒画像がカラーに見えるのも、しま模様の残効も、共に脳が特定の刺激に順応した結果起こる錯視です。同じ刺激を与え続けると神経細胞の働きが低下し、認識されづらくなるのです。

では、物が止まっている場合はどうでしょうか。動かないものは常に同じ光を反射しているため、認識されなくなってしまうように思えます。

実はその通りで、「人間の眼は止まっているものを全く認識することができない」のです。

しかし、これでは問題が多すぎます。
そこらへんに置いてある机や椅子が見えないと生きていくことすら難しいでしょう。

この問題を解決するため、人間の目は常に細かく動き続けています。無意識に眼球が微小な運動を繰り返すことで、網膜上の像は常に少しずつ動いているのです。

それを実感できるのが以下の錯視画像です。


錯視画像1

中心の点を見続けると、周囲にある青い点が消えてしまいます。さらに集中していると、中央の点も見えなくなることがあります。

これは、意識的に眼球を固定することで、静止しているものの情報が認識されなくなることで起こります。
ちなみにですが、眼球の中の血管は網膜に対する動きがゼロなので常に認識されません。


周囲の3次元世界を2次元に変換したうえで再度3次元として認識する。人の視覚は、こうした高度な作業を無意識に行っているのです。


関連記事:
>>錯視の原理 - 色


おまけ:UPしては見たけど使うところがなかった錯視画像です。マウスオンで変わります。

中心のしま模様の密度は同じ?




追記:人間の脳はある画像に特定の認識を与えている時、その画を同時に他の方法で捉えることが苦手です。

婦人と老婆
婦人と老婆

このように幾通りかの見え方がある図を多義的図形と呼びます。

この有名なだまし絵でいえば、婦人が認識されている時は老婆に対する認識が無意識下に追いやられ、その逆も同じです。空間周波数と直接の関係はないのですが、なぜ普段はマリリンが見えないのか、ということを考える一助になるかと思います。
ついでに「婦人と老婆」では、もうひとつ隠されているものがあります。ボンネットに注目です。


他にもだまし絵を用意してあります。この記事を読んだ上だと少し認識が変わるかもです。


関連項目:
>>1=2の証明
>>テセウスの船
>>クロニック・デジャヴ
>>ジキル博士とハイド氏
>>自己認識
>>A10神経
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1.下にある白黒画像の上にマウスを重ねる
2.中央にある点を30秒ほど見つめる
3.できるだけ目を動かさずにマウスを画像から外す




一瞬、ただの白黒画像に鮮やかな色が付いているように見えたはずです。


いままで様々なだまし絵・錯視の画像を取り上げてきました。(だまし絵 [1] etc...)
しかし、そもそもなぜ人の視覚は「騙されて」しまうのでしょうか。

この問いの答えは人の視覚が働く仕組みにあります。
今回は特に「色」の感じ方について取り上げたいと思います。


たとえばリンゴを見た時、私たちはそれを「赤い」と感じます。
目を通じて送られてきた情報から、脳が「赤い」と判断したからです。

なぜ「赤い光が目に入ってきたから赤く見えるのだ」と書かないのでしょうか。それは、実際に目に入ってきた光と、脳が感じる光の感覚とが必ずしも一致しないためです。

物が見えるということは、その物が光を反射しているということです。リンゴは主に赤い光を反射するから赤く見えるわけです。
裏を返すと、そこにある光しか反射され得ないため、その場所に存在している光の種類によって物の色は決定されることになります。

例としてトマトを太陽光と蛍光灯の下で見た場合を考えてみましょう。
太陽光はほぼすべての波長の光をまんべんなく含んでいるため、赤い光が反射されてトマトは赤く見えます(逆に他の波長の光は吸収されている)。
一方蛍光灯の場合、含まれる光にはかなり偏りがあります。そして蛍光灯の下で見たトマトは、ほとんど赤い光を反射しません。

Leuchtstoff_spektrum.jpg
蛍光灯の発光スペクトル(含まれる光)

しかし、どこで見ようとトマトは頑としてトマトです。
決して屋内では紫色になって茄子と間違えられたりはしません。

ここから、私たちの脳が入ってくる情報を素直に受け取っているのではなく、勝手に補正をかけて「適当な」見え方を調整しているのだということがわかります。「この物ならこんな風に見えるだろう」と、本来なら含まれていないはずの色を知覚しているのです。


目から送られてきた情報を脳が補正しているだけでなく、私たちの眼自体にも錯覚を作り出す原因があります。
それが3種類の錐体と網膜の神経節細胞の働きです。

外部から入ってきた光は網膜で像を結び、そこにある4種類の視細胞がそれを感知します。長~短、各波長の光を感知するL・M・S、3種類の錐体と、暗い時に活動する桿体(かんたい)です。
各錐体には主に反応する光の波長があり、その反応比率に応じて脳が入ってきた光をどのように「見る」のか決定しているのです。

ところが、この錐体からの信号を受け取る神経細胞の中には、特定の光を受けると強く反応する代わりに、また別の特定の光を受けると普段休んでいる時よりも反応が減ってしまうものがあります。赤⇔緑、黄⇔紫、青⇔橙などでこの関係がみられます。

お気付きのように、これらはいずれも補色の関係にあります。
最初の画像でいえば、オレンジに塗られた空の部分を見ると、青色系で反応する神経細胞の活動が普段よりも抑え込まれます。その状態で色の付いていない灰色の画像を見ると、減っていた青色系の神経細胞の反応が上がります(もとに戻る)。その結果、空の部分に青色が付いているように感じられるのです。


以上のように、色情報の処理は、必ずしも光の物理的特性に忠実に従って行われているのではないと考えられています。こうした人間の色に関する分解能の低さは、さまざまな場面で錯視として現れます。
もっとも代表的なのが色と形に関する錯視です。

人間の眼は各錐体が明暗と色を別々に処理しています。
しかし各錐体は色には敏感に反応しても、光の強さに関しては鈍感です。
そのため夜になって明暗がはっきりしなくなると、とたんに物の色がわからなくなるのです。
このことを利用したのが以下のような錯視です。

色の同化
色の同化2
上段の赤が橙と赤紫に、下段の緑が黄緑と水色に見えます。



デヴァロイス・デヴァロイスの市松模様図形(De Valois-De Valois illusion)
色の同化
上段の赤、下段の緑がそれぞれ周りに侵食されて見えます。


これらは色の分解能の低さをついた錯視で、「色の同化」と呼ばれています。明暗の差がなくなると形を認識する能力が弱くなり、隣接する色同士が混ざって見えてしまうのです。


私たちは3次元の世界に住んでいますが、網膜に映る像は2次元です。そこで生じる情報量の差を埋めるために脳はさまざまな処理を行っています。その間隙を突く錯視は、私たちに知覚の不思議を考えさせてくれます。


参照:錯視の原理 - 形

追記:興味のある方は2009年5月号のNEWTONにより詳しく載っています。


関連項目:
>>ヘンペルのカラス
>>共感覚
>>シュレディンガーの猫
>>バター猫のパラドックス
>>控除率と射幸心
>>インテリジェント・デザイン
>>ベイズの定理
>>誕生日のパラドックス
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