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前回の記事
>>インドの魔術師

いくつもの幸運が重なった結果、ラマヌジャンの才能は世界に発見されました。彼はイギリスに招かれ、ハーディの下でともに研究を行うことになったのです。

ラマヌジャンの研究は非常に独特なものでした。
彼の生涯における研究成果は、渡英後に書いた論文40本、インドで生活していた時に思いついた数式を書き留めているノート3冊、そして帰国後に紛失したいわゆる「失われたノート」という膨大な量になります。
しかしラマヌジャンは大学での体系的な数学の教育を受けていなかったこともあり、彼は「思いついた数式を証明する」という概念を持ち合わせていなかったのです。

後にハーディが述懐しているところによると、
「彼は毎朝半ダースほどの新しい定理を私のところに持ってきた。彼は自分でそれを証明するということは全く考えていないので、私が替わりにそれらを証明するという形で私達の『研究』は続けられた」

どうやらラマヌジャンの頭の中には次々と完全に新しい定理が湧いてくるようで、彼自身は独自の理由付けをして自分なりに納得していたようです。
彼が生涯に導き出した公式の数は3000以上。その多くがしっかりとした証明のなされないままだったため、ラマヌジャンの業績は長い間評価されないままでした。

ある時、彼の友人がその発想はどこから来るのか尋ねました。するとラマヌジャンは「全ては寝ている間にナマギーリ女神が教えてくれることだ」と答えたそうです。

再びアインシュタイン氏との比較なのですが、
「アインシュタインが相対性理論にたどり着けたのは、科学の発展という流れの中で必然的に起こることとして位置づけることができる。しかしラマヌジャンの場合、どこからその発想が出てきたのか全く見当も付かない」

まさに孤高の天才。他とは完全に隔絶した時間・場所にラマヌジャンの才能は出現したのです。才能を見出される過程といい、その発想といい、まさに神がかりです。

彼は無限に続く和の形をとる数式、無限級数を得意としていました。
複雑な式を美しい整った公式に導くことに長けていたのです。
彼がハーディに送った手紙の中にも、
「1+2+3+4+…=-1/12」
という式が見られます。
「無限に続く自然数の和がマイナスになる」というのは完全に矛盾しているようにも思えます。しかしこれは数学の巨人・オイラーがゼータ関数という特殊な関数を使って導き出したものと同じでした。若き日のラマヌジャンはここまで独力でたどり着いていたのです。
参照:>>大きすぎて絶対に書き表せない数

そんな彼が最後に取り組み、また最大の業績の1つとされているのが擬テータ関数に関する研究です。

続きます
>>インドの魔術師 3
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