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世の中にはさまざまな分野にそれぞれの専門家がいて、みな自分の領分についての深い知識を持ち合わせています。そしてそんな専門家達を困らせる最も簡単な方法のひとつが、「あなたの専門としている分野とは一体どのようなものですか?」という単純な質問をすることです。
数学者に「数学って何?」と聞いてみたり、警察官に「警察ってなんなの?」と無邪気に尋ねる。子どもの純粋な残酷さを真似てみるだけで、たいていの場合しばらくの間相手が考え悩むさまを見て楽しむことができます。

専門家にとって専門とする分野は空気と同じようなものであり、その存在そのものについていまさら考えてみるような気はなかなか起きない ― こんなことを言ったのがアインシュタインだったか寺田寅彦だったかははっきり覚えていませんが、言わんとしている事はよくわかります(もっと別の人だったかもしれない)。

振り返って「経済学」とはなんなのかを考えてみると、意外にも明確な答えが用意されています。
すなわち経済学とは、「有限である資源の最も効率的な分配方法を考える」学問だ、というのが現在最も広く知られている定義です。
あらゆる問題についてハッキリした答えを出すことにきわめて消極的な経済学ですが、なぜかここだけはちゃんと断言しています。経済という言葉から連想されるお金儲けの方法だのGDPがどうのというのとは少し違った感じを受けます。

”経済”のイメージ
経済


経済学の前提となるのは、
(1)人間の欲望は無限である
(2)欲望は財・サービスによって満たすことが出来る
(3)しかし財・サービスの生産に必要な資源は有限である(希少性を持つ)
という考え方です。
人間の欲望を満たすために必要な財を、希少性を持つ資源を使っていかに効率的・合理的に生産し、配分するのか。そのために人はどのような行動をとるのかを考える。これが経済学だといわれています。

しかし、何か引っかかるところがあります。
ここで問題とされているのは財の効率的な生産方法と配分方法だけです。”社会的な存在”である人間の持つ道徳や価値判断などは一切考慮されていません。同じ人口で同じ量の資源があれば、どこであっても同じ生産・分配方法(総称して経済活動)が観察される、と主張しているわけです。

当然のことですが、経済学が扱うのは「人の」経済活動です。そこに人の心理が反映されていないはずがありません。それなのに、人間が本来的に持っている、また各社会によって異なっているはずの、道徳や価値判断という重要な要素が、経済学の取り扱う範疇からすっぽり抜け落ちてしまっているのです。

人間は一人一人違って当然だが、総体として見れば「平均的な個人」の合計になる。
経済学のこういったものの捉え方は、「合理的経済人(強い個人)」という仮定にもっとも顕著に現れています。

合理的経済人とはかの有名なアダム=スミスが発表した人間のモデルで、自己の利益を最大化することだけを目的に行動する存在です。合理的経済人は自らの欲望を最大限満たす(効用を最大化する)ために合理的な判断を行い、それに従って行動します。
詳しい話は省きますが、最も単純な合理的経済人のモデルでは、1つの数式だけで集合としての人の行動を表すことができます。

しかし実際のところ人はそれほど合理的でもなく、また効用を最大化するために必要な計算に通じているとも限りません。他の人の判断に影響されない、合理的な強い意志を持った個人で社会が成り立っているという前提の時点で、現実世界からの解離は明らかです。
そもそも尺度となるべき効用=幸せというのも数値化できないものであり、人の判断が合理的であったかどうかを判定することも現実には不可能な話なのです。

このように、「資源の効率的な配分方法」を考えるうえで、人は合理的な判断と行動を行う存在として捉えられてきました。しかし近年、それだけでは現実の人間活動を反映させるにはあまりにも不十分だということが指摘されるようになって来ました。
現在は従来の経済人モデルに心理学を加え、実際の人間の行動を捉えようとする行動経済学が研究されています。
その内容はまた別の機会に。

人間を対象とするにもかかわらず、現在のところ中身に人間味の乏しい経済学の定義が変わる日も、そう遠くないのかもしれません。


経済学的思考 [1] [2] [3]


追記:それでも合理的経済人の仮定が経済学のモデルにおいて広く用いられてきたのは、それが計算を容易にするという運用面での理由だけでなく、現実の個人が複雑すぎるため、計算式に落としこんでモデル化するという作業が困難を極めるという技術上の限界があったことにも留意しなければなりません。

追記2:子どもの純粋な疑問、と書いていて思い出すのは、「子どもしつもん教室」です。毎回、「どうしてむしはしゃべらないのですか」「どうしてシャチはしろとくろなのですか」「ながれぼしはもえているときいたのですが、どれぐらいのはやさでもえているのですか」など、思わず答えに窮するような鋭い質問が飛び交っています。

関連項目:
>>世界最大の投資ファンド
>>社会的怠業
>>史上最高額面の紙幣
>>ゾウを冷蔵庫に入れる方法
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自分の専門分野は、一応建築という事になるんでしょうが、元々は法学部出身なんですよね。まあ今は建築に向いてたのかな~!?と、漠然と考えてます。それから寺田寅彦なんですが、このお方は銀四郎の出身高校の大先輩なんですよ~!って、ただそれだけを言っときたかった銀四郎でおました~!!
【2008/09/16 19:42】 - 銀四郎 #-[ 編集]
>銀四郎さん
>今は建築に向いてたのかな~!?と、漠然と考えてます。
こう思えることは、本当に素敵だと思います。お世辞などではなく、文字だけなので伝えることは難しいのですが。うーん。本当に考えていることを相手に伝えることの難しさ。

寺田寅彦と同じ、ということは漫画家のやなせたかしさんも先輩だったり・・・?有名な卒業生がいるのも正直にうらやましいです。
【2008/09/22 10:32】 - まぁくつ #Ouk1KsT2[ 編集]
正解です。やなせたかしさんや、ライオン宰相と呼ばれた浜口雄幸(osaji)さん。J2注目の大型FW小松塁(セレッソ大阪)←こちらは後輩っす!なんかも、銀四郎と同じ〇〇〇高校出身でおます~!!
【2008/09/22 22:15】 - 銀四郎 #-[ 編集]
>銀四郎さん
セレッソの小松選手も!ヴィッセルのサポーターかつセレッソの隠れサポーターなので(浮気性の私らしい;)、嬉しいことです!小松選手は2005年のユニバーシアードの時から見ていて(以下略)
【2008/10/02 13:03】 - まぁくつ #Ouk1KsT2[ 編集]














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