上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
…………………………………………………………………………………………


前回の記事:封筒のパラドックス

中身を確かめずに、ただ交換するだけでもらえる金額が1.25倍になるという封筒のパラドックス。一見ちゃんとした手続きを踏んだ上での計算に見えるのに、一体どこに欺瞞が潜んでいるのでしょうか。

順を追って考えていくと、この問題の構成自体が回答者を誤った方向に誘導するように出来ていることがわかります。

最初の問題では封筒の中身が100ドルでした。
もう一方の封筒の期待値が125ドルになることには何の問題もありません。

続いて中身を見ずに交換しても期待値が1.25倍になるという第二の問題。
実は、これも正しい。ただし今回の場合、期待値が1.25倍になるということは、実際にもらえる金額には何の影響も与えません。交換を繰り返すだけで1.25倍ずつ増えていくという錬金術は実現しないのです。

期待値は増えるのに、そのことが実際にもらえる金額には影響がないというパラドックスは、もらえる金額に上限がないという点に原因があります。以下その点に注目して考えてみます。


■もらえる金額に上限がある場合
2つの封筒には0よりも大きな実数(R、2R)が書かれた紙が入っている。
2Rの上限はMであり、あなたはより大きな数字を得たい。
最初に選んだ封筒から変更すべきだろうか。


答え「M/2以下の場合は交換し、それ以外では交換しない」
直感的にも十分理解できる範囲なので説明は省きます。

ここで実数としたのは、金額という自然数では最初に選んだ封筒の中身が奇数の場合必ず交換すべきという結論になってしまうためです。些事ですが本質とはズレた話を避けるためです。

ではもらえる金額に上限がなくなった場合、なぜ封筒を交換することのメリットがなくなるのでしょうか。

■もらえる金額に上限がない場合
2つの封筒には0よりも大きな実数(R、2R)が書かれた紙が入っている。
2Rの上限はない。
封筒を交換すべきか。


答え「どちらでも変わらない」

たしかに、封筒を交換することで期待値は1.25倍になります。
しかしここで(R、2R)のとる値を考えてみると、共に数直線上の全ての点に等しく(濃度0で)分布していることがわかります。上限が無限であるRと、その2倍の値になる2Rでは、どちらのほうがより大きくなるかという話をすることは出来ません。すなわち両者の期待値に差はないわけです。

問題を単純化すると、
(1)全ての正の実数から1つ選び、その数字が点数になる
(2)全ての正の実数から1つ選び、その2倍の数字が点数になる
どちらのほうがより多くの点数をもらえそうでしょうか。
計算するまでもないことですが、(1)・(2)どちらでももらえそうな点数は同じです。

以上のように考えると、封筒の中に入っている金額に上限がない場合、交換すれば期待値は確かに1.25倍になりますが、実際にもらえる金額には影響しないことがわかります。


このパラドックスは、金額という無意識に上限があると思い込んでいる実体を持つもののなかに、無限という概念がその姿を巧妙に隠しているところに原因があるように思います。「金額」という言葉を聞いた時点で、意識に上らないまでも人はどこかに上限を設け、計算された結果得られる期待値がそのままもらえるのだと捉えてしまうのではないでしょうか。これが上で書いた「回答者をミスリードする構成」です。論理的に導かれる矛盾ではなく、一般的な感覚からの乖離を突く逆説だと言えるでしょう。


追記:無限というのは直感的に捉えることが非常に難しい概念だと思います。例えば自然数と整数、偶数は同じ数だけ存在し、無限の2倍は無限と等しいと考えても全く問題がない。「1=2の証明」のところで取り上げた「1=0.99999.....の証明」などもこの考えの上に成り立っています。


追記2:錬金術に無限といって思い出したのが、ウロボロス(自らの尾をくわえた蛇)です。蛇が自分をしっぽから食べていったらどうなるのか。始まりと終わりが1つになった姿には不思議な感覚を覚えます。


関連項目:
>>テセウスの船
>>誕生日のパラドックス
>>抜き打ちテストのパラドックス
>>ベイズの定理
>>シュレディンガーの猫
>>3人の殺し屋問題
>>1秒
スポンサーサイト
…………………………………………………………………………………………





いつも楽しく拝見させていただいております。

こちらのサイトを見て数学や他の学問の分野に興味がわきました。

それでたくさん本を読んだんですがサイモン・シンという方のフェルマーの最終定理という本が凄くおもしろかったです(・ω・o)

まだ読んでなければ是非読んでください(○′艸`O)
【2008/11/26 10:56】 - ぶるー #aghQ/S3w[ 編集]
>ぶるーさん
オススメありがとうございます。フェルマー予想の証明に至る話についての本でしょうか。非常に心引かれるタイトルです。

実を言うと、管理人は純粋数学自体はさっぱりなのです(分析のツール程度にしか使えない)。そのため小難しい話が続いた時には、一呼吸置くために数学者や物理学者の話を読んでいます。数式があんまり出てこないやつです。専門家の方々のエキセントリックさや問題に取り組む姿勢に感銘を受けながら、日々の課題に向き合うモチベーションになればいいかなと。
【2008/12/02 01:45】 - まぁくつ #Ouk1KsT2[ 編集]
>もう一方の封筒の期待値が125ドルになることには何の問題もありません。

ここがもんだいなのです。なぜ元の封筒がA:(100,50)とB:(100,200)が同じ1/2の確率かという理由ですが、

1)2つの封筒のうち多いほうを採ってくる確率も少ない方を採ってくる確率も1/2これは正しい。しかし採ってきたものは2枚の内の多い方か少ない方かは決まっているのです。コイントスでトスする前には表、裏は共に確率1/2ですが、トスしたあとは表か裏は決まっています。100であったと言うのはトスした後の状態です。
即ち元が(100,50)である確率は1又は0です。(100,200)である確率は0又は1です.

2)確率1/2ついてはベイズの統計学の理論と称するもので否定しているものがあります。いわば潜在的にAである確率とBである確率はpと(1-P)と異なるというお話です。例えばAが9つBが1つを袋に入れよくかき混ぜ一つを取り出し、そして取り出したものより選択しその封筒を空けたら100であった時には残りの封筒の期待値は
(50×(9/10))+(200×(1/10))=65ではないかという話です。これに等の話に対してはAのところをとBを取り替えBをAと取り替えても何の不都合起こらないからA、B共に1/2と考えるのがより妥当という話もあります。
しかし元にある封筒の対はAかBかに決まっているのです。AであればBではないのです。つまりどちらかが確率1で他方が確率0なのです。

これらは取ってきた封筒(の中身)を基準にして考ている故です。
反論を期待します。


【2008/12/02 09:12】 - 善 #-[ 編集]
>善さん
的確なご指摘、ありがとうございます。私自身純粋数学の素人なので、「反論」などと大上段に振りかぶることはできません。善さんのおっしゃることを一生懸命考えてみた結果、今のところ以下のような議論が必要だと認識しています。素人の傲慢さを隠さない率直な意見としてお聞きください。

まずは前段部分について。

>なぜ元の封筒がA:(100,50)とB:(100,200)が同じ1/2の確率かという理由ですが、

>1)2つの封筒のうち多いほうを採ってくる確率も少ない方を採ってくる確率も1/2これは正しい。(中略)
>即ち元が(100,50)である確率は1又は0です。(100,200)である確率は0又は1です.

ご指摘の通りです。「選んだ後」であれば、A(自分が選択した封筒よりも、もう一方の金額のほうが大きい)である確率と、B(その逆)である確率はかならず0か1になっています。この点から後段で述べられているベイズの定理の「事前・事後確率の問題」にあたるのではないか、というご指摘だと受け取っています。


>いわば潜在的にAである確率とBである確率はpと(1-P)と異なるというお話です。例えばAが9つBが1つを袋に入れよくかき混ぜ一つを取り出し、そして取り出したものより選択しその封筒を空けたら100であった時には残りの封筒の期待値は
(50×(9/10))+(200×(1/10))=65ではないかという話です。

「Aの場合が9通り、Bが1通り」という条件設定をすれば、この考えは当然だと思います。しかし、2つ目の例で私が問題にしたのは、「選んだ封筒に入っている金額が多い方(2X)なのか少ない方(X)なのかもわかっていない」という条件下での話です。
すなわち、善さんの挙げた例の「封筒を開けてみたら」という部分がないことになります。結果の情報がない限り、ベイズの定理で言うところの「選んだ前後」での期待値に変化はありません。


>しかし元にある封筒の対はAかBかに決まっているのです。AであればBではないのです。つまりどちらかが確率1で他方が確率0なのです。

これがベイズの定理の難しいところだと考えています。が、上で述べたように結果という情報がない限りベイズの定理による事前確率の変化=期待値の変化は観察されません。
もちろん、手元にある封筒が多いほうか少ないほうどちらかに決まっていることは確かです。しかし、封筒が外部の世界に影響を与えていない限り、Aの場合とBの場合は共に等しい確率で存在しているといえます。最初に選ぶ封筒をどちらにするかという恣意的な判断だけで、後に続く結果という意味での期待値は計算可能になると考えています。
【2008/12/02 17:06】 - まぁくつ #Ouk1KsT2[ 編集]
僕は数学は体育の次に大好きな教科です。
大抵のクラスメイトは「えー?」といってきましたが^^;

来年からオーストラリアの高校に通うのでまだ中学の簡単な数学しか知らないのですが、やはりこういったものをみていると改めて数学の面白さを確認できますね。
授業でこういったものを取り扱ってくれれば数学嫌いを減らせると思うのですが・・・。
【2008/12/04 16:21】 - ティガウッズ #-[ 編集]
>ティガウッズさん

>授業でこういったものを取り扱ってくれれば数学嫌いを減らせると思うのですが・・・。
ありがたいことを言ってくれます。
実際、私も先生がしてくださった「~のパラドックス」系の話から数学に興味を持つようになりました。頭ごなしに教え込むだけでは出来ないことってあるんですよねー

高校ご入学おめでとうございますです(お祝い先取りしておきます)。大学もあちらの予定でしょうか。私自身帰国子女のためいろいろ面倒があったりして…またよろしければお話とか聞かせていただきたいです。
【2008/12/09 01:58】 - まぁくつ #Ouk1KsT2[ 編集]
御反論有難うございます。

>「選んだ封筒に入っている金額が多い方(2X)なのか少ない方(X)なのかもわかっていない」という条件下での話です。

隠してあって分からなくても、2つの封筒のうちの取ってきたものが多いほうか少ない方かは決まっているのです。つまり取って来たものの中身をbとすると(bは何か分からないが)bが多いほうである確率は0か1なのです。0の時には元の封筒は(b,2b)です、つまり(b、2b)の確率は1で(b/2,b)である確率は0です。この時にはもう一方と取り替えたときの期待値は云うまでもなく2bで取り替えたほうが得です。
vice versa
これは前段と全く同じでただ100をbと置き換えただけのはなしです。
bを中心に考えるのは試験に合格したかどうかは分からないが、合格したとして色々かんがえる。
その結果を知らなくても結果そのものは決まっている、それを元にして議論しているのです。と思いますが
【2008/12/11 13:30】 - 善 #-[ 編集]
>善さん
数学の専門家ではないので反論というほどのものではない、ということを前提にお答えさせていただきます。

>隠してあって分からなくても、2つの封筒のうちの取ってきたものが多いほうか少ない方かは決まっているのです。

その通りだと思います。

>0の時には元の封筒は(b,2b)です、つまり(b、2b)の確率は1で(b/2,b)である確率は0です。この時にはもう一方と取り替えたときの期待値は云うまでもなく2bで取り替えたほうが得です。
>vice versa

おっしゃるとおりです。しかし、ここに恣意的な条件設定が潜んでいるというのが前回の私の返答の主旨です。
たしかに、一度選択した封筒に入っている金額が「多いor少ない」確率は必ず0or1になります。ご指摘の通りです。しかし、2つの封筒は互いに交換可能である、最初に選択した封筒が左右どちらであっても同じ操作によって立場を入れ替えることができるのであれば、外部に影響を与えないという点において、2つの封筒は同じものとして扱うことが出来るのではないか思うのです。
そして仮に「全く同じではない限り同じ封筒として扱うことは出来ない」という条件を認めた場合であっても、最初に選んだ封筒を左右それぞれについて2通り想定すれば、同じ結果が導かれるのではないでしょうか。左右を選ぶ確率はそれぞれ50-50なので、選んだ結果多いor少ない確率は1or0であっても、それが2通り考えられる限り、期待値の計算は「2X×0.5+1/2X×0.5=1.25X」になると考えています。

根本的なことをもうひとつ。善さんがどの点に反論するよう言われているのか、私には理解しかねるのです。
私は記事の中で「もう一方の封筒の期待値が125ドルになる」と述べていますが、その導出過程については触れていません。単純に最初に選択した封筒に入っている金額をXとし、もう一方が多い場合と少ない場合の2通りを想定して1.25Xという期待値を計算しました。この点に関して、記事の内容と対立する見解を出されているようには見受けられません。おっしゃる方法で期待値を計算した場合も結果は同じになると思うのですが、どうでしょうか。正直、どのようにお答えすればよいのか、数学の理論に詳しくない私としては困ってしまうのです。
【2008/12/11 14:34】 - まぁくつ #Ouk1KsT2[ 編集]
失礼しました。 私は十数年前にスマリアンからの手紙(私へのものでは有りません)を見てこの問題を知り貴方の前回のものを十分に読まずにしてしまいました。
お許し下さい。

>最初の封筒(A)に入っている金額は100ドルなので、もう一方(B)には50ドルか200ドルが入っていることになります。それぞれA、Bを選んだ際の期待値を計算してみると、

E(A)=100
E(B)=50×0.5+200×0.5=125

となり、Bを選んだほうが=選択を変更したほうが得ということがわかります。

*これについては前述
E(B)は50×1+200×0=50
又は  50×0+200×1=200
どちらか分からないが

>しかし、ここで素直な疑問が浮かびます。
あなたは最初にAを選び、Bに選択を変更したところ期待値は1.25倍になりました。

>でも逆に、あなた(あるいはあなたの友人でもいい)が最初からBを選んでいた場合、BからAに選択を変えることでもやはり期待値は1.25倍になってしまいます。

*ここの理由が分かりません。
始めにある封筒のペアが固定しているのだと言うことをお忘れになっているのではありませんか・。

>■問題
2つの封筒に入っている金額比は1:2。
あなたは選んだ封筒の中身をまだ見ていない。
交換したほうがいいだろうか。

入っている金額をそれぞれX、2Xとすると、最初の選択から変更した場合の期待値は、

*最初の選択とは何ですか?なほ(X,2X)書くと恰も不定のように見えます。分からないけれど決まっていることに留意なさってください。


>E(C)=(1/2X)×0.5+(2X)×0.5=1.25X
つまり交換したほうが得。

*なぜ交換した方が得という結論になるのですか?

E(C)は残っているほうの中身の期待値です。
取ってきたほうの中身の期待値も全くおなじです。
従って交換しても、しなくても期待値は変わりません。
(これを外部より支えるものとして、始めからもう一方をえらんでくればよい)

私はベイズの理論はここで使うのは間違っているといっています。(尤もp=0,1の特異な場合とも解釈できますが)

0,1でない場合は封筒のペアが2種類同時にあることを考えていることになります。
前にも述べましたように入学試験に70%合格していると考えた時70%は授業を受け30%は企業に就職しそれを同時のすると考えますか?
【2008/12/12 14:35】 - 善 #-[ 編集]
>善さん
指摘されていた点が少しですが飲み込めたように思います。
まずは前段について。


>>しかし、ここで素直な疑問が浮かびます。
>>あなたは最初にAを選び、Bに選択を変更したところ期待値は1.25倍になりました。

>>でも逆に、あなた(あるいはあなたの友人でもいい)が最初からBを選んでいた場合、BからAに選択を変えることでもやはり期待値は1.25倍になってしまいます。

>*ここの理由が分かりません。
>始めにある封筒のペアが固定しているのだと言うことをお忘れになっているのではありませんか・。

はじめにある封筒の組み合わせは、果たして固定されているのでしょうか。決まっているのは一方がもう一方の2倍という点だけです。

「最初からBを選んでいた場合、BからAに選択を変えることでもやはり期待値は1.25倍になる」という点は、Aを基準にBの期待値を求めたのと同じ方法をBについて行えば、お分かりいただけると思います。

もしかしたら「Aの封筒に100ドル入っていた」という点を固定して考えておられたのではないでしょうか。Bを選んだ場合、開けてみるのはBの封筒になります。そこからAの期待値を計算すれば、Bの1.25倍になります。


後段について。

>>■問題
>>2つの封筒に入っている金額比は1:2。
>>あなたは選んだ封筒の中身をまだ見ていない。
>>交換したほうがいいだろうか。

>>入っている金額をそれぞれX、2Xとすると、最初の選択から変更した場合の期待値は、

>*最初の選択とは何ですか?なほ(X,2X)書くと恰も不定のように見えます。分からないけれど決まっていることに留意なさってください。


>最初の選択
この問題において「あなたの選んだ封筒」です。

>なほ(X,2X)書くと恰も不定のように見えます。分からないけれど決まっていることに留意なさってください。

中身が決まっているというご指摘ですが、封筒を開けない限り中身は決まっていないはずです(選択したほうに入っている金額が多い少ないは決まっていますが、封筒が交換可能なため2通り想定すれば同じ結果が導かれます)。この問題は上の「100ドル云々」問題を一般化した形です。前の問題で挙げた具体的な数値はいったん忘れてください。
どちらか一方の封筒にもう一方の二倍の金額が入っている限り、中身の組み合わせは(X,2X)で表すことができるはずです。


>>E(C)=(1/2X)×0.5+(2X)×0.5=1.25X
>>つまり交換したほうが得。

>*なぜ交換した方が得という結論になるのですか?

>E(C)は残っているほうの中身の期待値です。
>取ってきたほうの中身の期待値も全くおなじです。
>従って交換しても、しなくても期待値は変わりません。

そうでしょうか。もう一方の期待値が1.25Xになるのは、手元にあるほうの封筒の中身をXとした時です。この場合1.25XとXは異なる値をとります。少なくともとってきた方の期待値と残っているほうの期待値が同じだとはいえないはずです。

仮にもう一方の封筒(Nとでも名づけます)を基準にして考えた場合であっても、Nから見たもう一方の封筒(M)の期待値は、Nの1.25倍になります(計算は同じなので省きます)。
結局、どちらの封筒から見てももう一方の封筒の期待値は1.25倍になります。ならば交換したほうが得だ、という結論になると考えています。


>私はベイズの理論はここで使うのは間違っているといっています。

残念ながら、この部分の指摘がいまいち理解できません。最初の返答でも書いたように、ベイズの定理が絡んでくる事前・事後確率の問題は含まれないと私は考えています。単純に「確からしさ×値」で求められる期待値を計算したところ、どっち側から見ても相手のほうが多くもらえるらしい。こんなことがあるのだろうか?という点が問題なのだと考えています。

「いま2つの封筒(P、Q)があり、片方にはもう一方の倍のお金が入っている。2人の人間(S、T)がいる。SはP、TはQを選び、お互い相手にはわからないように自分の封筒の中身を確かめた。交換したほうが得だろうか」
この場合、Sから見たTの持っているQの期待値は、自分の持っているPの1.25倍になります。Tから見た場合も同じです。内容だけ抜き出せばこのようなものだと考えています。
【2008/12/12 18:50】 - まぁくつ #Ouk1KsT2[ 編集]
>はじめにある封筒の組み合わせは、果たして固定されているのでしょうか。決まっているのは一方がもう一方の2倍という点だけです。

*2つの封筒というのは封筒は2つしかないということを意味しています。無限個の封筒が用意されているわけではありません。封筒の中身は分からないが決まっているのです。分からないと決まっていないは同値ではありません。2枚の封筒の中身が手品のようにころころと変わることは無く固定されているのです。

>「最初からBを選んでいた場合、BからAに選択を変えることでもやはり期待値は1.25倍になる」という点は、Aを基準にBの期待値を求めたのと同じ方法をBについて行えば、お分かりいただけると思います。

*Aでも同じですがBを基準にすれば1.25倍でなく2倍又は1/2倍です。Bを選んだ時点と選ぶ前の時点を混同なさっていませんか。
何回も申し上げていますが、AでもBでもそれが2枚の内の多い方か少ない方かは決まっているのです。(どちらかは分かりませんが)
12/11でも述べています様に選んだものの中身を何でもよいようにbとしています、決して100なんかとしていません。

>仮にもう一方の封筒(Nとでも名づけます)を基準にして考えた場合であっても、Nから見たもう一方の封筒(M)の期待値は、Nの1.25倍になります(計算は同じなので省きます)。

*多分1.25倍の根拠は2倍、1/2倍が同じ確率で起こると云う事だと思いますが M、Nを基準にした時にはこれが間違っていると云うのが私の主たる論拠です。
M,Nを基準にしてもう一方の期待値は求まりません。敢えて言うならばもう一方の期待値は(どちらか分からないが)1/2倍 または 2倍です。
何回も云いますが知らない(分からない)と決まっていないとは違います。
始め(a,2a)の2枚の封筒がありそのうちの1つを選んだ時、その中身の期待値も、もう一方の期待値も共に1.25aであることは正しいがその事と混同なさっているのではありませんか?

(私はベイズの理論はここで使うのは間違っているといっています。(尤もp=0,1の特異な場合とも解釈できますが)

0,1でない場合は封筒のペアが2種類同時にあることを考えていることになります。
前にも述べましたように入学試験に70%合格していると考えた時70%は授業を受け30%は企業に就職しそれを同時のすると考えますか?)

この部分おかしいですか?
【2008/12/13 11:14】 - 善 #-[ 編集]
>善さん

「私は『善さんの主張がおかしい』と言えるレベルにまで善さんの主張を理解できていない」、というのが実際のところのようです。

>*多分1.25倍の根拠は2倍、1/2倍が同じ確率で起こると云う事だと思いますが M、Nを基準にした時にはこれが間違っていると云うのが私の主たる論拠です。
(中略)
>始め(a,2a)の2枚の封筒がありそのうちの1つを選んだ時、その中身の期待値も、もう一方の期待値も共に1.25aであることは正しいがその事と混同なさっているのではありませんか?

「どちらか一方を基準とする前と後では状況が違う」、ということでしょうか。
最初にA(中身X)の方を選ぶとB(中身Y)の期待値は1.25Xになる。しかしAを選択した「後」の世界では、Bから見るとAの期待値は0.5Yか2Yのいずれかにしかならない(そしてそれがどちらであるかは知りえない)。
「M、Nを基準にした時にはこれ(互いの期待値自分の1.25倍になる)が間違っている」という部分を私はこのように解釈しました。

この部分が間違ってたら以下の議論あさっての方向に全力疾走ということになるので、よろしければこの部分だけでも善さんの主張を正しく捉えているかどうか教えていただきたいです。甘えたこと言って申し訳ありません。でもなにか少しですが掴めてきたような気がするのです。
【2008/12/14 01:50】 - まぁくつ #Ouk1KsT2[ 編集]
>Bから見るとAの期待値は0.5Yか2Yのいずれかにしかならない(そしてそれがどちらであるかは知りえない)。
*なぜ0.5yと2yが同じ確率1/2で起こると云えるのですか、私はBのyを基準とすれば、どちらかが確率0でもう一方が確率1でと言う主張なのです。(知りえないということと決まっていないとはことなります。コインをトスしてその結果を隠していても表か裏は決まっています)以下のbはこの表(裏)にあたります。

急ぐ必要が無いのでゆっくりはじめましょう。

1)一方が他方のが他方の2倍という事は封筒の中身は(a,2a)と書ける。(貴方に様に(X.2X)とすると恰もXが変数に見え、たとえばベイズの理論云々と云う人々が有界とか何とか言っているように無限に沢山の封筒のペアがあるような間違いを犯す可能性があるのでaと書きます。)aはなんだか分かりませんが変数でなく定数です。
これは始めにある封筒の中身で決まっているものです。

2)このとき選んだ封筒の中身の期待値も もう一方の中身の期待値も共に1.5aです。(ここで基準に取ったものは封筒の中身の少ないほうaです。)

3)ここが肝心のところですが、選んだ封筒の中身をbとします。選んだ封筒の中身ですから、これも変数でなく定数です。(分からないが決まっています)
以後bを基準に考察します。
イ)b=2a(多いほう) または ロ)b=a(少ない方)です。
この、または  はどちらか一方だけの意味です。イ)、ロ)は同時に起こりません。(ベイズ云々の人たちは同時に起こると間違って考えている様に思います)
イ)の時はもう一方の期待値はa =b/2 です。
(bが多いほうの時には、もう一方が2bである確率は0、b/2である確率は1)です。
ロ)の時にはもう一方の期待値は2a=2bです。

以上  基本的には選んだものは、既に(どちらかは分からないが)多いほうか、少ない方かが決まっているということです。

選んだものを開けて100であったときは、上記のbが100だということで元のペアが(100、200)か(100、50)のどちらか一方 一方のみだというだけのことです。
何を基準としているか基準とするものによって変わってくるのは当然の話です。






【2008/12/14 17:20】 - 善 #-[ 編集]
>善さん
丁寧に解説していただき、ありがとうございます。だいたいのところ善さんのおっしゃっていることがわかってきたと思います。
ただ、まだ疑問を感じるところがあります。善さんの結論は基本的に記事の内容と矛盾がない、もう少し言えばその結論部分が主張内容から抜け落ちていると私は感じるのです。

>以上  基本的には選んだものは、既に(どちらかは分からないが)多いほうか、少ない方かが決まっているということです。

>選んだものを開けて100であったときは、上記のbが100だということで元のペアが(100、200)か(100、50)のどちらか一方 一方のみだというだけのことです。

この2段が主張の結論にあたる部分だとお見受けしています。
しかし、この部分が記事の内容が対立していると私には感じられません。批判があたっていないと思うのです。

たしかに、選んだ封筒の中身は多いほうか少ないほうかのどちらかに決まっています。空けてみて中身が100だった場合、もとのペアは(100,200)か(100,50)のどちらか一方だと判明します。
ここまでは全て記事の内容と同じです。

が、そこから先の結論部分はどこにあるのでしょうか。

もとのペアが(100,200)か(100,50)であるとわかったのなら、今手元にある100の封筒からみたもう一方の<b>期待値</b>は125になるのではないでしょうか。
善さんの主張した内容から先を考えれば、記事と同じ内容が導かれると私は感じています。

>*なぜ0.5yと2yが同じ確率1/2で起こると云えるのですか、私はBのyを基準とすれば、どちらかが確率0でもう一方が確率1でと言う主張なのです。

もちろん、入っているのは50か200のどちらか一方になるわけですが、なぜこの2通りのケースが<b>同じ確率で起きない</b>と主張できるのですか。数学の問題では現実世界と違って、2通り考えられる場合は両者が同じ確率で起きるというのは当然のことではないでしょうか(問題を考える際の基本だと思っています)。現実にどちらかの確率が0でどちらかが1であっても、数学の問題という思考実験の枠内に留まる限り、ここに人間の意思や現実世界における制約という恣意的な条件を持ち込むのは適切でないと思います。

以上のように、善さんの主張内容からは記事と同じ結論(相手側の期待値は選んだ封筒の1.25倍になる)が導かれると私には感じられのです。それゆえ批判があたっていないと考えています。


(A)「Bのyを基準とすれば、どちらかが確率0でもう一方が確率1」から何が導かれるのか
(B)選んだ封筒から見たもう一方の期待値は、求めることができないのか

この2つに明確に答えていただきたいと思います。
【2008/12/21 16:11】 - まぁくつ #Ouk1KsT2[ 編集]
>しかし、この部分が記事の内容が対立していると私には感じられません。批判があたっていないと思うのです。]
*この部分と云うのは「もとのペアは(100,200)か(100,50)のどちらか一方だ」という部分ですか?
始めの封筒は2枚でその内容は決まっているのです
選んだ100は2枚のうちの多いほうか少ないほうかはきまっています。(固定された2枚の封筒しかないのですから)決まっているが知らないのです。100が多いほうなら元の封筒のペアは(50、100)です。(異論ありますか?)少ない方であれば(100,200)です。
同時に、多いほうであり、かつ、少ない方であることは起こり得ません。


>なぜこの2通りのケースが<b>同じ確率で起きない</b>と主張できるのですか。数学の問題では現実世界と違って、2通り考えられる場合は両者が同じ確率で起きるというのは当然のことではないでしょうか

*基準になる100は多いほうか少ないほうかは(知らないが)きまっているのです。 何を基準にとるかによって勿論変わってきます。100を基準にすれば(場合は2つですが)封筒の対は2通りでなく1通なのです。(2つの内多いほうか少ない方か決まっていますから)数学の問題だからこそです。数学の問題と考えずに人間の感じの問題とすれば(問題は有りますが)<2通り考えられる場合は両者が同じ確率で起きる>(2通りが同じ確率であるという理屈は必要ですが)という感覚は分かります。(後述)

>(A)「Bのyを基準とすれば、どちらかが確率0でもう一方が確率1」から何が導かれるのか
*確率1(yが多いほうの時)もう一方の期待値はy/2、0の時にはもう一方が2yという結論です。(これは当たり前で何も有効な結論ではありませんが。yを基準にすれば有効な結論は得られません。どのようにしても有効な結論が得られる訳ではないことは言わずもがな)

>(B)選んだ封筒から見たもう一方の期待値は、求めることができないのか
*前述(A)(期待値は求められるが、有効なものではない。)

この話は2倍と云う事ですが、一方が他方の5倍と変えても同じことです。  ただし、例えば開けて5万円が入っていた時取り替えると、上手くすると25万(で20万の得)、下手しても4万の損、だから変えた方が有利と思うのは人間の感覚。これは数学では有りません。
人間感覚のパラドックスで数学のパラドックスではありません。
【2008/12/22 15:05】 - 善 #-[ 編集]
返信が大きく遅れてしまい、申し訳ないです。
コメントを読ませていただきました。やはり善さんと自分が同じ結論に至っているのだとようやく理解す売ることが出来、大変喜ばしく思っています。


>これは数学では有りません。
>人間感覚のパラドックスで数学のパラドックスではありません。

善さんのコメントの全ての結論はここにあると認識しています。私も記事の中で全く同じ事を述べています。記事を最後まで読んでいただければ、「一般的な感覚からの乖離を突く逆説」という表現をご覧になれると思います。

今回取り上げた封筒のパラドックスは、まさに善さんのおっしゃるとおり、「厳密な意味でのパラドックスではないが、一般的な感覚とは違う結論が導かれるという意味でのパラドックス」です。以前にも似たような記事をいくつか書いています。

記事を最後まで読んでいただければ明らかですが、私は記事の中であげた計算をすべて「おかしい」として切り捨てています。しかし善さんは私の記事の書き方に反論されました。私はこれまでの議論で、善さんが封筒のパラドックスにおける期待値の求め方が正しいものだ、ということを主張しようとしているのだと思っていました。しかし記事を最後まで読んでいただければ明らかなように、私も以上のような議論はナンセンスだとして排斥しています。

善さんは最初にコメントを下さった時も、私の記事の前半部分を読まずに、問題を誤解した上で反論を試みていましたよね?
まずは記事を最後まで読んでください。
その上で、私と善さんの間に基本的な立場の違いがないということを理解してください。
そして、私が数学の素人だということを理解された上で、今まで行ってきたような議論がはたして必要なのかをお考えください。

私から言えるのは以上です。
【2009/02/04 17:23】 - まぁくつ #Ouk1KsT2[ 編集]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
【2009/02/09 15:22】 - - #[ 編集]














管理者にだけ表示を許可する


| HOME |

Powerd by ratato
Copyright © 2016 知らなくても生きていける雑学がならぶブログ, All rights reserved.


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。