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「現在の価値で一枚あたり9250円の5円玉が最小の貨幣単位だった時代がある」

私が大学で専攻している日本経済史からの雑学です。

これは明治30年(1897年)に貨幣法が制定されたときの話です。
9250円もする5円玉はもちろんでできています。
5円玉に純金3.75gが含まれていたのです。
2007年4月先物取引の終値で9250円相当です。

ここからすこし貨幣制度についてのお話になります。

この貨幣法により日本は金本位制をとることになりました。金本位制というのはものすごく単純に言えば、「日本銀行が発行した紙幣(日本銀行券)と金が交換できる制度」です。

つまりあなたの財布で唸っている諭吉さんを日銀に持っていけば、その場で金に換えてくれる状態です。

諭吉⇔金

ちなみに現時点で私の財布を日銀に持って行こうとしても、最寄の日銀大阪支店にたどり着くまでの交通費で空になる額しか入っていません。

しかし、紙幣と金を交換してくれるからって喜んでばっかりじゃいられません。

金本位制の元では円の価値と金の値段がリンクされます。

貨幣法では1円=純金750mgと定められ、施行に伴って新しい貨幣(本位貨幣)が作られました。
その額が問題なのです。

そのとき鋳造された本位貨幣は、二十円金貨、十円金貨、五円金貨だけだったのです。

「え?何が問題なの??」

と思ったあなた。

この法律は1897年に成立しています。

当時の5円はお米が60kgも買えるほどの大金だったのです。

ウチで普段買ってる10kg約4000円の臭い安い米を基準に考えても、5円=60kgの米は24000円になります。(当時の米価はもっと高かったのです)

恐るべし5円玉・・・

しかも本位貨幣の最小単位が5円です。日銀はこいつを基準に新しい貨幣を作っていきます。

私たちの感覚で言うと
「明日から24000円玉作るから使ってね 日銀より☆」
みたいなもんです。

もちろん一切流通しませんでした。

そりゃ24000円玉は無理でしょう。

結局鋳造された金貨たちは日常生活で使うにはあまりにも高額すぎたので、みんな記念として手元に持っていたそうです。(正確に言うと、日銀の信用が不十分だったために金で所有しているほうが安全だった、という解釈になります)

庶民は以前に制定された貨幣に関する法律である「新貨条例」の際に作られた銅銭を使っていたそうです。

せっかくの金本位制なのに金貨なんざ拝むことないわけです。

いつか日本が金本位制に復帰したら、記念に金と兌換してみてはいかが??

↓1871年の新貨条例の際に発行された十円金貨


↓24000円玉のために↓
e_02.gif 

関連項目:
>>史上最高額面の紙幣
>>片面紙幣
>>経済学的思考
>>世界最大の投資ファンド
>>世界最大のダイヤモンド
>>口紅
>>自己成就予言
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コメントありがとうございました。
「知識と雑学の備忘録」管理人chewbaccaです。
5円金貨!勉強になりました。
また来させて頂きます。
【2007/11/26 15:43】 - chewbacca #Ouk1KsT2[ 編集]
>chewbaccaさん
私もchewbaccaさんのブログで日々勉強させていただいてます!
ウチは方向性の違う雑学が多いですが、よろしければまた遊びに来てください(。・ω・)b
【2007/11/26 15:43】 - まぁくつ #Ouk1KsT2[ 編集]














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