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このあいだの記事で、「感情を司るのはA10神経」と書きました。
そのとき考えたことを書きます。
参照:>>A10神経

感情の元になる情動=喜怒哀楽を生み出してるのはA10神経です。でもその感情がどういったものであるのかを「判断」するのは、その人が知識として持っている「言葉」に依存しないか、と思いました。

例えば、「憂鬱」。
いや、漢字で書ける書けないでわなく。
私は書けますが。
手元の変換ボタンポチッとな、で「檸檬」もいけます。

誰でもゆううつな気分になることはあります。
嫌いな科目のテストが明日に迫っているとき。
苦手な人と顔を合わせなければならないとき。

この場合、近い将来に嫌なことが起こるという認識から脳内物質が分泌されて、「憂鬱な気持ち」の元になっています。

でも、もし「憂鬱」という言葉を知らなければ、どう感じるでしょうか。
悲しい。辛い。嫌。不安。拒絶。逃げたい。

そのときの気持ちがどう表されるのかは知りませんが、憂鬱という言葉を使わずに憂鬱な気持ちを直接表現するのは、非常に難しいことだと思います。

つまり、憂鬱という日本語を知らなければ、憂鬱という感情は他の感情と区別されえないのでは、と思ったのです。

感情は言葉の上に成り立っているというか。

外部からの刺激に対して発生した脳内物質の分泌を、どのようなものであるかを認識して判断する。

そのとき該当する言葉を持っていなければ、他の感情と区別されないため認識されない。
つまり生じない。

言葉を知っていくことで感情は生まれる。

本来人間が生物として生きていくうえでは、生存に最低限必要な快・不快(安全・危険)だけで十分だと思います。人間は過去の経験から、どのような場合においてどういった感情が生じるか、経験的に判断している部分も多いと思います。

生まれつき光を持たない人に、空の青さを伝える。
これほど難しいことはないのではないか、と思ったのです。


追記:なんらかのデータに基づいて書いたものではないので、分類は雑記にしました。

関連項目:
>>経済学的思考
>>1秒
>>水の器
>>自己認識
>>心の理論
>>共感覚
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v-424思わず、感心してしまいました、確かに、日本語は特に細かな表現も多く、英語では表現できない言葉もありますし、日本人と外人では、微妙に判断も違うのでしょうかね?
私は、言葉を知らなさ過ぎなので、もっと沢山言葉を覚えよっとv-410
【2007/12/01 17:32】 - ちゃーみー♪ #Ouk1KsT2[ 編集]
>ちゃーみー♪さん
日本語は感情を表す言葉が他の言語より多い、って聞いたことがあります。
ちょっとはそれを生かしていこ!って書いてて思いましたv
【2007/12/01 17:32】 - まぁくつ #Ouk1KsT2[ 編集]














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