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「印刷が間に合わなかったため片面刷りで発行された紙幣」

久しぶりに日本経済史からの雑学です。
前回の金本位制の話は1896年のことでした。今回は1927年の金融恐慌のときのお話です。
参照:>>一枚9250円の5円玉

第一次世界大戦後に起こった1920年恐慌、1923年の関東大震災により、多くの銀行が不良債権を抱えて廃業の危機に瀕していました。特に多額の震災手形を抱えていた台湾銀行や東京渡辺銀行は不良債権処理に奔走していました。

1927年になって震災手形が不良債権化する恐れが強まり、返済繰り延べを認める法案が国会で審議されはじめます。

そんな中、同法案を貴族院で審議している最中に当時の片岡直温蔵相が、
「(震災手形を抱えた)東京渡辺銀行が破綻した」と発言。
辛うじて破綻を免れていた渡辺銀行を勝手に破綻させてしまったため、取り付け騒動が起こって金融恐慌が発生します。

金融恐慌は片岡蔵相の一言で発生してしまうわけです。

渡辺銀行の休業に始まり、全国の中小銀行が取り付けにあいます。政府は全銀行の2日間休業と3週間の支払猶予を決定。その間に紙幣をたくさん刷って銀行にばら撒き、取り付けに備えることにしました。

当初は国庫から、次は日銀が印刷したばかりの紙幣を各地の銀行に送り届けます。しかし準備しなければならない現金は25億円以上。普通に印刷していたのではとても間に合いません。

そこで今度は片面だけ印刷した紙幣を刷り始めます。

印刷された裏が真っ白な急造200円札(乙二百円券)は500万枚以上。休業日や日曜日にも銀行に届けて、見せ金として店頭に積まれていたそうです。

さらに、支払猶予期間が終了するまでに裏が赤い片面印刷の200円札を750万枚追加発行しています。
↓片面紙幣
片面紙幣

こうして印刷ミス以外では世界に例を見ない片面紙幣のおかげで金融恐慌は沈静化しました。

ちなみに、このとき発行された裏白紙幣は日本銀行が回収を進めたためほとんど残っていません。当時は軽んじられた片面札ですが、今持ってると相当な値段で取引されるそうです。


追記:日本史で名前が出てくる大蔵大臣は大隈重信、松方正義、高橋是清、片岡直温の4人だけです。前の3人は優秀な蔵相として、片岡は「史上最大の失言」をした蔵相として、80年以上経った今でもブログに書かれるほどみなの心の中に残っています。こんなことになるなんて、きっと夢にも思ってなかったんだろうなぁ。片岡さん。

↓片岡さんに↓
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関連項目:
>>>>史上最高額面の紙幣
>>おもしろ法律 [1] [2] [3]
>>安楽椅子探偵
>>経済学的思考
>>経済学的思考2
>>世界最大の投資ファンド
>>入国審査
>>世界最古の計算機
>>自己成就予言
>>FBIの電話代
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