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私はオカルトを好まないのですが、いろいろツッコミを入れるのは大好きです。
今回は「奇跡の水」でおなじみのルルドの泉についてとり上げたいと思います。

フランス南西部、ピレネー山脈のふもとにルルド(Lourdes)という町があります。人口2万人に満たない小さな山間の町ですが、年間500万人もの人が訪れるカトリックの一大巡礼地であり、フランスでも有数の観光名所になっています。
無原罪の宿りの大聖堂

その理由は、全ての病や怪我を治すというルルドの泉にあります。

1858年2月11日。14歳の貧しい少女、ベルナデット・スビルーは村の外れにあるマサビエルの洞窟に薪拾いに来ていました。すると突然、一陣の風とともに白い衣をまとった女性が目の前に現れました。
彼女は家に帰ってから村の人々にそのことを伝えます。そして白い衣の女性が、ベルナデットは「無原罪の御宿り」であると告げた、と話しました。

教会の関係者をはじめ、当初そのような話を信じる人はいませんでした。しかし「Que Soy Era Immaculada Councepciou(Je suis La Immaculee Conception)=私は無原罪の宿りである」という言葉は、無学な少女が知るはずもない教会用語だということに神父が気付きます。それ以来ルルドの人々は、この言葉をベルナデットに伝えたのは聖母マリアに違いない、と確信するようになりました。

聖母マリアの出現はその後の5ヶ月で18回に及び、時には1万人以上の人が見守る中でベルナデットがマサビエルの洞窟に赴き、聖母マリアを待ったといいます。しかし、恍惚状態のベルナデット以外には白い衣を着た女性の姿が見えることはなかったそうです。

あるときベルナデットが聖母に言われて洞窟の奥の地面を掘ったところ、そこから水が湧き出して泉が出来ました。その水を飲んだり患部につけると病気が治るという話が広まり、泉一体が聖地として有名になります。

泉に建つ聖母像


ルルドの泉がヨーロッパ中から巡礼者の集まる聖地となった後、ベルナデットは聖母について語ることをやめてしまいます。修道院に入った彼女は静かな生活を続けますが、35歳の若さで肺結核のため亡くなっています。

不謹慎だとは思うのですが、これはまさに「医者の不養生」というやつではないでしょうか。「紺屋の白袴」とも。誰だってツッコミたくなります。

ただ、すこし不思議なこともあります。
彼女の遺体は130年近く経った現在でも腐敗せず、聖堂に安置されているというのです。遺体が腐敗しないのは聖人の条件のひとつとされていますが、彼女は1933年に列聖(聖人の仲間入り)されています。
1909年、1919年、1925年には公式な調査が行われ、特別な防腐処理がされていないことが認められたそうです。ただしその調査により組織の一部が損傷したため、現在は顔と手に精巧な蝋製のマスクが被せられています。

直近の調査が1925年なので、当時ではわからないような防腐剤が使われていた可能性はあります。だいたい今はマスクがついているため、その下はどうなってるのか誰も知りようがありません。

カトリック教会はルルドの水による「科学的・医学的に説明できない治癒の記録」を数例認めています。これは大変珍しいことなのですが、当時の医学水準では解明できない例が含まれている可能性も考慮しなければなりません。

私は「泉の水による奇跡的治癒」には否定的な考えを持っています。しかし、「この水を飲むことで病気が治るかもしれないという希望」から病状が回復する、という効果は期待できると思っています。医学で「プラセボ効果(偽薬効果)」と呼ばれるものです。一種の安心感を与える暗示に近いものがあります。
参照:>>自己成就予言

泉の水に奇跡的な治癒の力を認めるか、単なる水だと考えるのかは各人の自由です。力を信じ込むことによって人が助かるのなら、私は認めてもいいと思います。しかし、病に苦しむ人の心につけこんで「奇跡の水」を高値で販売する輩には疑問を感じます(私が見つけた業者は10Lで3万円という法外な値段をつけていました)。

通常、偽薬にはなんの薬理的効果もないブドウ糖、乳糖などが使われます。本物の薬の治療効果を調べるための対照実験において使われることが多いのですが、人が「これは薬だ」と信じ込むことで思わぬ効果をもたらすことがあります(いわゆる風邪には偽薬が有意に効果をもつとか)。
プラセボ(Placebo)はラテン語で「私は喜ばせる」という意味になります。
通常の20倍以上する高価な水ではなく、周りの人のちょっとした心遣いで救われることもあるのではないでしょうか。


追記:ルルドの泉の上には、H=デュランという建築家が設計した「無原罪の宿りの大聖堂」が建っています。シンデレラ城のように華やかな聖堂は現在世界遺産に登録されていて、ベルナデットの「清貧、質素」はどこへやらという感じだそうです。

関連項目:
>>南極
>>考える人
>>四神
>>ブロッケン妖怪
>>猫のオスカーのある一日
>>芸術の価値
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私はオカルトは嫌いではありません(笑)
すべてではないですが興味あることもあります。
ただ、持っているだけで幸せになれるものとか、飲めばどんな病気も治すってな方向のものは信じられません。あり得ないと思っています。
まあくつさんのおっしゃるように、人が「これは薬だ」と信じ込むことで思わぬ効果をもたらすって方が本当だろうなと思っています。
しかし、死後130年近く経っても腐敗しないって……信じがたいですね。時々世の中には信じがたいことが起こりますが、本当なんでしょうかね?
ベルナデットに何らかの霊が降りてきたあたりまでは信じられるんですけど。
【2007/07/10 23:43】 - ミッチョン #-[ 編集]
>ミッチョンさん
オカルトは信じるに値しないと考えているのですが、
いろいろ調べたりするのは大好きですe-265
なので興味はありありです 笑
ただ、超常現象のほとんどは思い違いと虚言で説明がつく気がします。
無知がその拡延を助長しているのは間違いありません。

何かを信じる力は想像以上に人に力を与えます。
それが人に益することもあれば、その逆もあります。
人は何かに依存していないと不安になるのでしょうが、
それらを全て「弱さ」と片付けるのは少々乱暴だと思います。
ベルナデットには聖母が見え、それによって救われた人が少なからず居る。
いまはそれで十分なんだと考えていますe-247e-420
【2007/07/15 00:06】 - まぁくつ #Ouk1KsT2[ 編集]
私が本気で欲しいと思っている物を手に入れるために掛かる費用よりも、安く売っているならば例えその値段が法外だとしても買うでしょう。
私にとっては安いわけですから。

それに、高値だからこそのプラセボ効果だと思います。

業者どのような信念で販売しているのかはわかりませんが、それが人を救うなら私は否定しません。

仏具のほうがよっぽど法外な値段だと感じます。
【2009/11/27 07:49】 - mick #-[ 編集]














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